Thursday, June 16, 2016

REDOWLでお買い物-3 フリーランス時代(続き)

RED OWLでお買い物-3-フリーランス時代(続き)


フリーランス時代の続きです。
バブルの時は、各会社が横並びで
システム開発をしたのでエンジニアは
超売り手市場で。
毎月仕事の依頼が毎月くるが忙しいと断っていました。




給料は本当に羽振りがよくて月収は65万~70万(同年代のボーナスとほぼ同額)
しかし忙すぎて休みもなくて旅行は夢のまた夢。
酒好きではないので、の実にもいかず。
風呂なしの安アパートにすんでいましたが

なぜか、金貯はそこそこしかたまらず、
大盛飯に消えたか?
今思うと何か買っておけばよかった。



ソフトハウスでの仕事

業務アプリケーション(COBOL系)には手をださず
ミドルウェア回りの仕事をしていましたが。
当時できたばかりのソフトハウスの案件を紹介されて
そこのプロジェクトに参加しました。
この会社とは後でいろいろ因縁ができた会社でしたが、当時は勢いはあるし
人間的にはいい人だなあと思う環境でした。
お客様は東京電力で、原子力発電所の制御システムのデータを
本社にホストと連動させるシステムの開発に参加しました。
今話題の福島第一発電所のプロジェクトです。対象は1号機、2号機だったと推測されます。
数年前の震災でその当時の施設があったことには驚きました。
周辺設備は変更されて刷新されたでしょうが、基本部分は変更できないので
当時のままの施設もあったかと、、、

減価償却が終わったので使えばつかうほど利益になるので使っていたのでしょうか
と疑いたくなった。
プライベートの事
  • 当時今のかみさんと付き合っていたのですが、いつも終電の生活なのでデートするには前の日徹夜とかしないといけないので結構タフな日々でした。
  • 母親がクモ膜下出血で倒れて手術をうけたんですが1週間後に昇天父親も大腸がんで入退院をくりかえしていて、先は長くないなあとひそかに覚悟していた時期でもありました。なにか心がぽっかり穴があいたようだったので、
  • 紛らわせるために仕事ばかりしていました。
  • 当時はアセンブラのデバッグツールはなくて、ひたすらダンプやトレースの解析で夜遅くまで没頭していた日々でしたが、気分を紛らわせるために仕事ばかりしていました。

これまずいなあ
将来このままで自分の技術が陳腐化するんじゃないかと不安を感じて、
ちゃんと教育のある会社にいきたいと思うようにもなった時期でもありました。
そこで、先輩のいる会社に応募することにしました。
To Be Continue

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