Thursday, August 04, 2005

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(10)


最後の香港の夜

本 来このツアーは2週間の日程ですが、会社員としてはそんな長期の有給とるのが難しいので、8日間に短縮して参加させてもらいました。そのため、1人で先にカ ンボジアを後にすることになります。帰りの日程ともらったチケットの日程が食い違っていて、結構あせった場面もありましたがなんとか出発できる見通しがついて香港経由で 帰国の途に着くことになりました。 まずカンボジアの空港で、
自分1人がエアコンの効いた空港のロビーで、水の流れるトイレと手を洗える洗面台を見てなんか申し訳ない気がしてきました。飛行機にのる前、自分だけが仲間を見捨ててきたようで、やや悲しくもなってきました。ゴミを拾っているときには飛行機に席に座って氷の入ったコーラを飲んでいる自分を何度も想像していたんですが、現実になるとなんとなく味気ないものでした。
私 の帰国経路はバンコク経由で香港にはいり、香港で1泊して、日本へという経路です。その香港に戻る便でミャンマーにいった宣 教チームと合流しました。また香港ではCCMNのメンバーが空港で出迎えてくれて、よくやったと喜んでくれました。空港で彼らと別れてあらかじめ予約しておいたややグレードの高いホテルにチェックインしました。香港の快適なエアコンとトイレと お湯のでるシャワーがついているホテルの部屋でカンボジア宣教メンバーが最後にくれた、旗にかいた寄せ書き(写真参照:髭が筆者)と手紙をよんでぐっときた。 その寄せ書きは大切なTEAMがくれた一生の思い出として額にいれてかざってあるます。2005年の熱い夏の日々はこうして第1章はEND。この仲間とのネットワークをいかに継続できていけるか、継続できるようにがんばらないと。
まさに Keep On Fire !

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(9)

ONE TEAM,ONE SPRILT

3 日目以降は、体がなんとか慣れているような気がしてきましたが、気候、食事、いろいろあって結構体力的には疲れを覚えてきました。むし暑い気候なので水分補 給はこまめにする必要うがあるんですが、その水が問題です。私たちが飲む水は宣教師の家の人が水道水を沸かしたものを分けてもらいました。その水をペットボト ルにつめて普段の飲み水に使ってていました。工場地帯には、ミネラルウオーターを売っているスーパーなんぞなく、毎日ミネラルウオー ターを買えるだろう、という私の甘い考えは初日で吹っ飛びました。東南アジアでは水は要注意だと、誰からも言われていたので、生あたたかく薬くさい水がそれでも腹が くだらないし、必要な水分補給になるので本当にありがたいと思いました。香港チームは経験のせいか、粉末ポカリスエットやオレンジ味のスポーツ飲料の錠剤を持ってきていたメンバーが大半です。そこで、疲労気味の私(47歳のおじさん)は二十歳そこそこにお兄さんへその錠剤を頼んで分けてもらったんですが、なんとそ れが彼の最後は1粒でした。その最後の錠剤を別のメンバーを加えた3人で分け合いました。本当に貧しい中で分かちあってくれた仲間が与えられている事に感 謝、感謝です。本当に小さな錠剤をいれた水は飲み残しのジュースのような味だが、それでも分かちあってくれた気持ちありがたかった。いつも行う夜 の分かち合いでは、言葉はうまく通じないけど一生懸命聞こうとして、そして自分のことのように、私のしたことを喜んでくれた年下の子供くらいの仲間がいた。 この仲間(TEAM)たちは宣教目的のために一致しているはずですが、そんな目的意識だけで短期間にこんなに一致できるだろうか?。今までの 私の経験では問題が起こると当初の一致したはずの目的意識がどこかえいってしまい、人の問題ばかり責め合ってきたことしか記憶にありません。人のやった事 をいつもGOOD JOB,You well Doneといい続けた経験はありません。同じ困難を経験しながら、そこで励ましたあうことで同じ価値観をもっている事を再確認できる場所でもあるんです ね、困難は希望につながるんです。常に相手を励ますのをまず第一にできればきっと日本でも同じ仲間がつくれるかなあ。

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(8)

父親不在

昼 間の小学校訪問、夕方のゴミ拾い、夜EVENING SCHOOLで学ぶ地元の若い人との交流と証を通して、共通して感じた事があります。カンボジア、日本、香港と 国が違いその生活様式も違うが、そこに共通した問題がありました、それは健全な父親の存在がないということでした。カンボジアの場合、一般家庭の低い収入を補うために、子供 は労働力としてみなされているようなので、子供の数は多いですが子供に愛情を注いで育てているとは思えなかった。ある年齢になって働き手となった家から出た子供たちに は、いつもポッカリ心の中にある寂しさを覚えているようです。父親の中には子供の稼ぎを当てにして働かず、朝からカラオケなどでぶらぶら遊んでいる人も多いようです。子供たちは、親はお金を稼ぐことで、子供の存在価値を認めるために、子供達は金を稼がなければ価値がないと思ってしまうようです。次に、香港の場合は、父親はお金を稼ぐこととか、自分の楽しみを優先させて家庭をかえりみない父親が多いようです。多くの子供達がそのことで傷ついていました。この点は、日本に似て います。子供は正しいお手本が家にないので、自分の楽しみを追求していくようになっていきます、その結果、自分の健康、心を壊していく悪いスパイラルにはま ります。心の寂しさ、乾きが、父親・母親不在からおきるという可能性が高いことに、親でものある自分の責任の大きさを再認識しました。
日本人チームの女性 がくるとカンボジアの子供はたくさんよってきます。彼女たちが抱っこするとうれしそうに抱っこされています。抱っこされたがっているのはあんまり親から 抱っこされたことないのかなあと思ったら寂しくなった。

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(7)


Your Hope,Your Love,Your Joy

ポ ルポト派の行った虐殺の壮絶さにややへこんだ気力を、カンボジアの子供の笑顔で回復させてもらいました。3日目から地元の小学校へ毎回1時間程度の訪問が始 まり、そこで出会った地元の小学生たちの目の輝きは本当にすばらしく、その輝きからこっちが希望を分けてもらいました。物がないから純粋という理屈 を当てはめたくありません。心から将来に夢をもっていて輝いていたと信じたい。現実は厳しいけどそんな状況を変えてくれる希望があると信じてますね。そんな子供たちと簡単なゲーム、劇(ゴミはすてないで、手を洗おうねということを教えるため)、歌、証をして帰る。ベタな内容でも、結構子供たちは喜んでくれたし、小学校の先生たちも歓迎してくれて、みんな本当にニコニコ楽しんでくれたので、そのことでこちらが希望を貰って帰る事ができました。帰り道をあるきながら、この子たちが希望なんだと仲間と何度も確認しあって帰りました。
もし、こ の子供たちが成長したときに、子供の頃のように希望が持てなくなりそうになった時、そういえば昔外国から元気のいい連中が小学校へきてJESUSがくれる 希望とか、愛、喜びあるとかいっていたなあと思い出してくれれば。そういう願いを込めて”種まき”してきたとました。加えて、子供に希望を持たせるのも親 の大事な役目なんだともふとそんな思いが与えられた。体力は限界?だけど気合が入った1日でした。

Tuesday, August 02, 2005

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(6)




信じる者は皆、この方によって義とされるのです。

2日目には、チーム全 員がKILLING FILEDと博物館の見学にいった。ちょとした観光ではありません、どちらも今のカンボジアを知る上では避けて通れない信実を見るた めです。過去この国で起きた悲劇といういには、あまりにもすさまじい史実を体験してきました。ポルポト派の虐殺が実際に起きた場所に行き、そこで発掘された 遺骨、遺品、遺体の写真、実際に使われていた拷問の道具や部屋を見て歩きました。みんな無言になっていく、私たち以外の外国人観光客も無言になっていきま した。気がつくと展示されているものから離れ座り込み、うなだれていきました。反面、周囲の環境がきれいなんです、空の青さ、雲の白さに、緑のやしの葉、まばゆい太陽の日差しのがコントラストが一層つらさをましていきました。まさにこのような美しい場所で、多くの人が同じ国の人から理不尽な理由で殺されていったか。なぜですかと神様にたずねた何度も。同じ日本人チームの女性には耳に悲鳴が聞こえてくるという。加えて人間の持つ凶暴性に恐ろしさを覚えた。何か恐ろしさを覚えたので帰りの車の中で、キヨ君にお祈りをしてもらった。
現 地では、この虐殺以降はだれも他人を信用しなくなってしまったという、物をくれるなら信用してもいいが、ものくれない他人は信用するなと親が教えていると いう事でした。虐殺でインテリ層がいなくなってしまい、社会インフラが整備されない現状以上に、これは癒されないといけない問題でした。次の朝、まだショック状態にあったが、そんな状態にあった私にある真実を認識させてくれる人が出現しました。日本 人チームのアラちゃんから、そんな罪でもすべて義とされる十字架の購いの完璧なんだとよ私に自分のデボーションの結果という事で話てくれました。これを聞いて十字架の実力を再認識し、そこで何か救いを感じる事ができた、やっ ぱ同じ価値観をもつ仲間は大切です。

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(5)

Show The Spilit.

カ ンボジアでの活動1日目はPRAYER WALKINGから開始しました。朝7時から、工場に出勤するのは90%以上が女性労働者(みんな若い!)、その 群れに紛れてただ祈りながら歩く、印象としては工場で働く女性の顔を一様に喜びがなく、どこか暗い、笑っている人の顔がほとんどない。物売りの小さな子供 や裸足の子供も多い。圧倒的な生活の貧しさを覚えるがそれでもここは中級レベルだというその後、マーケットに向かうがこのマーケットもゴミがだらけでした。朝出がけにアパートの周りもすごいゴミなので、不法投棄かなあキヨ君と話していたが、なんとその原因は、現地の宣教師曰く、ここの住民は自分の部屋はきれいにするがゴミはそのまま部屋の窓からゴミを外になげてしまうからだということでした。それで街中ゴミだらけになってしまうという事であった。廃棄ゴミからくる衛生状態の悪化も当然あるだろうし結構状況は悪くなっていました。

その解決策が、まず外国人である私たちがマーケットにでてゴミを拾って集める。そうすると現地の人は何故あんな金にならない事を外国人はするのかと関心を持つ。ゴミ拾い後、ゴミ袋とチラシをもって周囲を回ってゴミを捨てないでと宣 伝してあるく。そうするとゴミ広いを見ているので、あーあの人たちかとかなり好意的に迎えてくれるし、ゴミはちゃんとゴミ集めの場所にもっていこうという 方向転換してくれる、最初からチラシを配っても意味はない。まずはActionをして、そのSPIRITが見せる事が重要なポイントですね、実に理屈に あっています。しかし、実際のゴミ拾いはくさいし腰にきました。本当に気持ちいいものではありませんでしたが、周りの若い仲間が頑張っている姿を見ると励 まされました。Actionには仲間(TEAM)も欠かせない重要なポイントでした。3日前に始めて顔をあわせた国籍も年齢もちがう即席のTEAMだが、そこには一致(Unity)があった。同じ価値観を共有できる強みです。

2005年 CCMN カンボジア短期宣教ツアー(4)


ここで寝るのかあ、、、、、
これから1週間寝泊りする貸しアパートの部屋の続きです
、アパートのつくりは質素でコンクリートの壁に床、窓はあるが鉄格子だけ。ドアは南京錠で外から鍵を掛けるだけの簡単なもの。その部屋で床にはゴザを引いて、上には蚊帳をつりその中で男4人が寝袋で寝る事になりました。まずは床の固さと蚊の多さに寝られるかなあと不安にもなりました。さて、この工場地域のアパートにいかにも場違いの外国人が大勢きたので、アパートの住人であるおばさん、お姉さん達が物珍しさそうに見学にやってきました。その中のおばさんの1人が親切にも蚊帳をつるのを手伝ってくれました、しかしこちらは何をいっているかさっぱり理解不能。そんな状況でも日本人チームのリーダであるキヨ君は片言のクメール語で会話を始めていました、恐るべき適応能力。
その部屋ですが、ありがたいことに電気の光とトイレ+シャワー兼用室には水がでました。トイレ+シャワー室には便器と水道が別にあり、バケツが2個用意されています。バケツに水をためておいて1つは用を足したときに流す用で、1つは体を洗う用と使いわけるようです。水しかでないが、汗を流すには問題がないのでまずは都会的な生活です。しかし、参加メンバーは女性が半分でしかも年齢も若い人が大半なのですが、彼女らも同じような環境であるかと思うと、その宣教への思いの熱さには感心しました、想像していた以上だったとあとから聞きましたが。果たして日本の同世代の人で耐えられるかなあ、とまた否定的な考えが浮かんできました。考えてもしようがないので、とにかく寝ることにしたのですが、そこで睡眠妨害してくれたのは、蛙の声と誰かの鼾のハーモーニーであった。おまけに隣でねているキヨ君は明確な寝言が多くまた寝相も悪い。狭い空間を共有するには避けた方がいい相棒でした。とにかく、朝6時半の大音量のカラオケで目が覚めるまでは暫し休息の時間となりました。