Sunday, February 15, 2026

REDOWLでお買い物-21‐シンガポールで仕事が見つかったがまた明るいブラック企業だった




シンガポールで仕事が見つかる。



社長に無能と烙印を押される。

営業出身の社長なので技術はわからないのでめちゃくちゃな注文をしてくる
ベンダーから見積もりを取ってこいといわれると30分後にメールでできたかと
きいてくるような話がよくあった。相手にしていなかったでキレられた。
技術的なことより管理(根回し)が主な役割であってないと1か月で気が付く
これは撤退と腹をくくる案の上試用期間後に給料大幅ダウンなら採用するといわれたので
私はフィットしていないのでやめることにした。


楽しい出張(マレーシア、カタール、サウジアラビア)

無能扱いされるが、日本親会社からマレーシアの案件がとれたのでPMにアサインされました。日本からもSEを投入するというちょと大きな仕事でした。
現場仕事は楽しいの無事終了させてほっとしていたら営業的なオーバタイムのこまかい経費精算でつっこまれダメ出しをくらう。つくづくこの職場はあわないと実感。頑張る気力も
うせる。結構落ち込みました。

そうこうしていると今度はカタールとサウジアラビアで現場の現地調査仕事がくる。
 韓国で伝染病(SAAS)がはやっていたので本社は海外出張が自粛モード。
コンプライアンスの対象外の海外法人の現地採用はOKだったようです。それもひどい話だが
あわせてイスラム圏内は不人気なのでだれも行きたがらない。
私はイスラム圏にいってみたかったので最高に楽しい出張になりました。

FaceBookに詳細はアップしているので興味があればそちらを参照ください。


お金様でたのしい日々 

落ち込んではいたのだが、私がシンガポールを引き上げる前に家族全員が
バラバラにやってきて好き勝手に観光三昧。私は普段はローカルの屋台飯だったが
最後の3日は有名レストランか観光地の食事で有名な料理をたべまくっていた。
ちょっといいレストランで”エアコンがついていて、テーブルクロスがあるなあ”と
つぶやいたのに”普段どんなところでたべていたの?”と長女は反応していたが、
奥さんと次女はまったく気にせず高い料理を遠慮なく注文していた。

その時に次女からでた言葉が”お金様でたのしい時間を過ごすことができました”
いまだに我が家で語り継がれる名言となった言葉です。

最後に

これ以降の自分の中でおきた出来事はfacebookにアップしてあるので
Blogについて一旦ここで終わりにしたいと思います。
自分が大学卒業してから今までの歩みをふりかえりつつ、コンピュータの世界から
みえた社会の隙間を書き留めてみました。それなりにいろいろあったかと思います。
終活として書き込んでいきます。
もし家族が自分が死んだ後に私が当時何をかんがえていたのか知ってくれたらなあという思いを込めて書き込んでいました。



Sunday, February 08, 2026

REDOWLでお買い物-20‐ 帰国し、明るいブラック企業で取締役

 


運よく再就職先へ、そしてまさかの取締役へ


ベトナムにいるときから、転職活動を始めたら、大手ビジネスホテルのIT子会社の
インフラ担当者の募集があって応募したら先方はインフラ全般が担当できそうな
シニアをさがしていたそうなのでトントン拍子に話が進みました。
とにかく、健康保険書の取得と厚生年金の開始をしないといけない、
オーナー独裁企業なのはわかったいたので、仕事に集中して
社内派閥あらそいとか出世は気にしなければいいと思いとにか角入社。

面白すぎる、ネタ満載の明るいブラック企業

ユニークなオーナーあやしい人を信用し良くだまされる:

  • オーナー独裁なので表面は言い成り振りして結構好き勝手やっている幹部。
  • オーナーは家族を大事にする、義理の弟が背任行為しても庇う。
  • そして、外国の元首相が保有していた城を購入、改造してビジネスホテルにしようとして当地の人々を慌てさせる。
  • 知り合いの非常あやしい画商から有名抽象画家の巨大オブジェの複製を購入し店舗の前に設置、その不似合いさが一層シュール化がます。
  • 知り合いの紹介の個人商店ISP業者(輩っぽい)にいいようにしゃぶられる。おかげで店舗のユーザ向けインターネットサービスは携帯より遅くなっていた。追及したら、裏から手を回して私を追い出そうと画策。
  • ガバナンスとかコンプライアンスがない:ログインIDにパスワードをつけるな!、つけても誰でもわかるような簡単なのに統一しろ。
  • 僻地の倉庫街に美術館をつくる。まさにSOHOだ。
  • ここは長くいるところではない!

私の経験したオーナー以外に豊富なDQNな方々

  • 幹部から部下のPCのトラフィックを盗聴しろと命令をうける。
  • 口達者なヘルプデスクのおばさんリーダは、2ランク上の私に向かって命令してきた。まじにぶち切れで怒った。後で聞いたら相当怖かったらしくすごく嫌な奴と言いふらしていた。いやあんたにすかれる気はないので構いません。
  • そのリーダさんはIT素人で、Wi-Fiがつながらないのは暗号化の周波数が違う、DellのPC独自仕様が多くてUSB機器が接続できない事がよくあるエンドユーザに説明していた。
  • ある重役のPCが調子が悪いから見てくれと言われて調査したらそのPCはマルウェアに感染していた。しかしその重役はその意味がわからず3カ月もPC放置していた。
  • DCを二つもって1か月交代で切り替えるという画期的な構成だったが、なぜかVLANが一個
  • 闇の部分が多い部長
    • 空出張と前借り
    • 欠勤が続きそのあと退職したが貸与PCやタブレットが返却されず行方不明
    • それ以外にその人がかなり借金をしていて金融屋から取り立てをうけていたらしく、PC等の紛失が結構あったそうだ。
    • その後失踪し警察から遺体で見つかった。本人確認したいので歯医者を教えて欲しいという電話

怪しい通信事業者の排除に踏み出す
システムは画期的で目をみはる部分があった、インフラ部分の担当者が皆無でなにかあったら一大事になるのは明らかだった。まずインチキISPをまともな通信事業者に切り替えることにして現状調査やインチキISPの聞き取り調査をした。スキルもなく体力もないので突っ込むと息をするように嘘で固めているを切り通すしまつ。
これでは会社の成長にはネックになる、いや障害と経営陣に直訴したところ、
「前からうさん臭いと思っていたので理解できた。どうすればいいか提案してほしい」と好反応。

そこで、頑張ってインフラの更改案を作成した、その際効果として経費削減、ITの性能改善効率アップ、それによるが売り上げ貢献というストーリーが数字込みで提示できたので
あっさり了承。
その上社長からは、「改革案の実行を貴方にお任せしたい。やるやすいように取締役の肩書をつけますので会社の代表する立場でベンダーとのやり取りをしてください」

といわれて二度びっくり。その時はまだ試用期間中で本採用になる前だったので本採用の前に取締役就任となりました。

一粒の麦が土地に落ちて多くの実がなる。

いざプロジェクトを始めると足を引っ張りにつぶしにかかってくる人多数でてきた。
過酷な状況に陥ったが、知り合いのSIerからの手厚い支援や通信事業者の方もエース級のSEを投入してくれたので安心できる体制ができあがり、試験店舗の切り替えにたどりつきました。無事に切り替えたのに古参の管理者のメンバーは、理解できずに固まってしまったり、変化を嫌ってただ文句をつけるという状態で内部からの支援はゼロで暗雲立ち込める状態

悩んだ結果、まず絶対権力者の経営者からプロジェクトを実施するお墨付き(GOサイン)をもらう。次にそのお墨付きがでた事を周知(数億円単位のプロジェクト)させる(水戸黄門の印籠)として使わせていただきました。
そして、ここから神様から頂いた知恵がさずかり
”私はベンダー等の契約が終わったらやめます、絶対オーナー様のGOサインでているのでやるしかないですよ、実行部隊はSIerと通信事業者がやりますのでご心配なく”と宣言。
私がこの件でのし上がるとと思ってい反対勢力方々には予想外だったようで唖然として自分たちでやるしかないかと観念したようです。(後で聞く)

1年で取締役を捨ててまた”用務員”へ

ちゃんとした基盤構築の筋道はつくりベンダーの体制もできたので
成功すると確信できたので、別の仕事を探すことにしました。
最終出社日は、本当に悲しんでくれた仲間や惜しんでくれた経営陣の方から
ねぎらいの言葉を受けて退社。人生初の取締役は1年で終了。

丸投げにしたベンダーからもなんと高評価をいただき、個人的に送別会していただきました。その時に知り合った仲間とはいまでも交流が続いている人もいる。いい経験でした。
また、ベトナムでの経験を生かすこともできて結果”おいしいプロジェクト”でした。

REDOWLでお買い物-19- デジタル土方の悲哀(2024)

デジタル土方の悲哀ードイヒーな仕打ち

話しが飛びますが、フリーランスや現地採用で経験した弱い立場にあるとつけ込まれた経験談を少々。

1.話が違います!


当初の説明と仕事の内容が違う。
先方に私には経験がない分野なのでサポートなど
お願いしたら、

「経験者なのでなんとかしてもらえるという前提でお願いしてます」言いまかされてしまう。
短期の仕事ほどそんなのばっかり。
⇒私結構口論弱い



2.理不尽1-まずは嫌われない事

  • ブラックなソフトハウスにて、転職して1週間くらいしたとき
    役員クラスから”お前みたいな外資で適当な仕事と英語だけで過ごしてきたやつは使いものなならない。ここでは一からやり直すつもりでいなさい”。
    ⇒自分の経験だけでマウントとってくる
  • あなたは私の期待以下の成果しかだせない理由を教えろ!
    ⇒いや仕事の内容は最初の説明とちがうよ。どうも本当の理由はシニア・エンジニアで
    採用されたが、彼らの業務内容は営業系管理者(80%)+技術(20%)。しかもガチガチ縦社会なので上司の顔色を考慮する必要があった、そんな管理者経験がないので先方は不満爆だった。バイリンガルのエンジニアは欲しかったから給料を下げたくなった。
  • 派遣先で上長からパワーポイントで資料作成を依頼されドラフトを見せたら、
    速攻何の資料のレベルは!。だいたい私このフォント嫌いなんだよ。
    ⇒最初に自由に作ってくれここは縛りはないよ!といわれたので
  • この10年であんたみたいな低レベルは初めてみた。
    ⇒作業についてボスキャラ担当者からの説明不足は無視かあ。。。
  • コンプライアンス違反というが、違反かどうかは私が決める、お前じゃない。
    ⇒ だから、それがコンプライアンス違反だって。

3.理不尽2-オラオラ系のお客は契約条項すらは守らない

  • 客先にて、お客様担当者がここで休憩してといわれて相棒と雑談して休んでいたら、
    全く関係ない部署の人からのクレームで”仕事中に雑談しているなんて、働く態度ではない”。いまだに意味が分からない。
  • 契約外の作業時間を要求してくる、契約を選択したのはそちらですとお答えしたらくどくど同じ理由を繰り返すのみ。本音は値切りたいので理由を探していた総務のお兄ちゃん。お歳暮もっていったらおとなしくなった。
  • 超クレーマーなお客様でIPカメラ設置作業を請け負った際、設置機器をいじって壊したのを、設置が悪いと難癖をつけ値切ってきた。
  • 商社系のブリッジSEをしていた際、系列会社のITスタッフが契約にない作業を要求されたが無視していたら、壮絶ないやがらせ開始。ITスキルがいまいちだったのでその面をちくちく反撃、一層炎上。

    私の雰囲気とかが生理的に無理、ただ値切りたいだけ、ご機嫌とりしないのが背景にあるようで、そこで仕事でミスすると先方のいかり爆発(感想です)。
    上司にこびないと派遣とか契約社員はかなり不利な状況になる

悩みの霧が晴れたのは、


落ち込みんだ胸の内をクリスチャンの友人たちに相談したら、
以下の2種類の回答がきた。

(A)”あなたの人生は祝福されています。あなたの望むものは神様が与えてくださいます、祈り求めましょう、解決してくださいます。”
⇒あのー、祈っていないわけではないが、なぜつづくのかなあ

(B)”わかります、同様に困難な状況にあった友人も、XX先生に祈ってもらったら不思議に問題が解決できた”
⇒うーん、ご利益宗教っぽくてなんか納得できない。

(A),(B)とも”宗教的”すぎてそのままお返ししていました。その際偶然手にした本で書かれてい本で悩みの霧から光明がみえた。
  • 神様に”なぜ私が?”と不満をいったとしても、
    そもそも神様にはなぜ理不尽なことがおきたかを説明する”義務”はない。
    しかし、試練の時には、あなたが神様によって耐える力が与えられているを
    与えようとしておられる。
  • 人間は困難な時それが理にかなっていると思えればそれに耐えることができる。

問題を超自然的な力で解決してくれる事を期待するより、それを乗り越えていく事をできるように訓練されていき、乗り越えさせてもらえるよう成長できる。そのことに信頼していく事が私にはしっくりきました。
栄光在主





Tuesday, April 02, 2024

REDOWLでお買い物-18- 夢やぶれて、Back To Japan

 ハブられたか?


会社と日本人コミュニティーの双方からハブられた?

会社のベトナム人スタッフや駐在員からは煙たがれて相手にされない状況になり、
そんななかでも現地の日系企業のお客様からの問い合わせやらクレーム対応を
一人でこなす日々。
加えて、日本人のクリスチャンコミュニティーからも見事にはぶられる。
まじになんでこんなに人から敬遠されている理由がわからず。

昔から仕事で行った先ではすぐなじんでよく10年前からいるようだとよく言われたのだが。外人からはうけはよかった方だったので過去経験のない状況に落ちいる。

人から見えないステルスモード!?

東南アジアでは、駐在員・現地にいる日本人男性の楽しみは
ゴルフ、酒、お姉ちゃん系や海外旅行だがそもそもそんな金はない。
そういう状態だと職場で何か話す共通のネタがなくなり孤立化し、
最終的にはステルスモードとなる。駐在員側からは現地採用を下にみているという壁は
あったし、コンピュータオタクとは関わりたくなかったんでしょう。
→私以外の日本人メンバーみんな頻繁に誘いあって飲み食いしる話だけ
 は後から聞かされる。飲み会などの件は興味ないし金もないので反応しないでいると
 協調性がないとはぶられる。

くわえて、何とか仕事の面では評価だしたいので率先して休日出勤や長時間の客先での障害対応等したが、上司・社長からは無視される事多数。
そんな障害などなかったかのように扱われる始末で半年してやる気喪失。

ドS社長様からの給与査定

大手の客様からは障害対応が評価されていたので、給料は大幅アップを期待。
しかし結果はなんと昇給額は月額400円だった。
社長からの説明では会社は赤字だから貴方の働きには感謝しているがこれが精いっぱい
だという事。

だが、社長さんはの給料の3倍の家賃のプール付き高級マンションにくらし、
それも高級マンションにあちことなんくせつけて3回引っ越していた。
接待ゴルフに入れ込んでいたので、後半はこの人にお仕えしたくないと思うようになった。
彼は自分が接待ゴルフしていれば自然と仕事は入ってくるからという理由だった。
そんな調子なので、ある駐在員からも見事に”社長”の誘惑にはまったと言われていた。

とりわけゴルフには執心されてしまい、ゴルフのうまい駐在員が帰国する際
”貴方は1年滞在延長しないか、経費はこちらで持つよ”
と口説いていたのを聞いてしまった。駐在員一人の経費は、私の給料の10倍くらい
と聞かれされていたのでそれを聞いてそもそも私を採用する気がなかったと理解。

唯一の友達ができたが、すぐにお別れすることなる。

例外的に、アメリカ人とベトナム人の夫婦のハウスチャーチに入れてもらって仲良くしてくれた。マジに助かった。
でも半年くらいして、その夫婦がUSに移住する計画だと聞かされまいったなあと落ち込む
後夫婦の友達のアメリカ人も紹介されて友達になった、ちょっと精神やんでるっぽいが
彼から”お前は結構いいやつだな”と言われたときは本当うれしくなった。
→なんか日本人クリスチャンには嫌われるが、どうも日本人以外(アメリカ人、オーストラリア人、香港人、カンボジア人、ミャンマ人など)とは友達になれる。

色々あって明日が見えなくなり、帰国。

現地のベトナム人牧師の教会にも参加していたが
英語が話せる人がほぼいないので放置。
牧師が外国人を置いているのがかっこいいとおもっていたようだ。
頼りのクリスチャンコミュニティは作れないまま
かみさんからは友達・家族がいないからさみしいからかえってきたのでしょう
と言われたが、一番の理由は何もかもが自分の想定とは外れていて、
特にだれにも”必要”とされていないのが分かった事だった。
わたしのモチベーションは
・だれかが喜ぶ顔を見ることんでくれたり
・だれかの助けになることなので
誰からも、声がかからない状態がつづくとNGなんです。

神様から召命だと信じていたが独りよがりだった。
それが分かったのが一番さみしかった。そうなると”夢”がなくなってしまい
夢がないと明日をがんばろうという気力もなくなった。

夢破れて1年で帰国となります

Wednesday, August 30, 2023

REDOWLでお買い物-17-Vietnamで経験した事(仕事編)

 <仕事でびっくりした事>

残念なスタッフ

仕事はまず手をぬいて進捗はすすまない、が最後は残業して間に合わせる。

LANスイッチの設定もれの機器があり、障害になった。忘れていたのと担当者のスタッフに聞くと”私は設定はした!。だれかが後から設定を壊した”とのすごい言い訳。
設定ファイルの更新日付を事前に確認していたのでそれはないと問い詰めたが、
こんどは”壊したやつが日付も変えた”と回答した。嘘を突き通す根性に根負けする。

その他道徳観念は恐ろしく低く、
出入りのベンダーがお客様の本番LANスイッチのポートを勝手にぬいて
自分のPCを接続してネットサーフィンしていた。やめろというと許可はとってあるというすごい言い訳してきた。ちょっと目を離すと部品・材料とかの盗難はめちゃ多かった

スキル

よく考えないで実行する。まずリブート、再インストール

客先の本番中機器でよくそれをやる。客から何が起きたとさわいだら今なおったと説明していたのがいいなあとおもう

わいろ

これはひどかった!!!メジャーな資格は買えるそです。

知り合ったベトナムの高校生は試験勉強全くしないで、親に先生に単位ほしいから先生にお金払ってとたのんでいた。

日本人のお客様の方も無茶苦茶な値引きを要求してきたり、難癖つけてお金を払おうとしない会社が2,3社。日本では一部上場だがベトナムではガバナンスがきかないので地味に”悪い事”するひとがいた。お中元やお歳暮もっていくと払ってくれた事もあった。

駐在員も、、、

金曜の夜の営業会議は土曜日の接待ゴルフの組み合わせだった事があった。
そして、月曜日の営業報告はそのゴルフの結果報告だった.
私にはついていけない世界である。


コンピュータ・セキュリティがない

コンピュータウイルスが買ったPCでももれなくついてくるそもそもOSが不正コピー
店で買ったUSBメモリーにもウィルスが潜んでいる
VietComBankの営業がお客様の経理担当者のPCにアプリを導入した際、ウイルス付きで経理PCから全PCに伝染してセグメント全滅。
パスワード破りはうまい。ソフトまでもっていた

動物や虫の被害が意外におおい。

ケーブルなどがよく被害にあった。写真はファイバー・ケーブルが大型の虫(バッタ?)の足らしきもので切れていた写真。ファイバーの設置箱が完全に密閉されていなかったのと中にお菓子のごみがあったのでその匂いで虫がよってきたか。






Friday, August 18, 2023

REDOWLでお買い物-16-Go To Vietnam

 海外ボランティアに参加してから


東南アジアでの働きたいという漠然とした思いに駆られていた。就職活動したらNTT系列会社の現地法人にすんなる現地採用されました速攻現地へある程度苦労は想定していたが、想像以上に驚かれる事がありました



生活編

壁の穴

朝から工事をする土曜日
アパートの部屋に帰ったら壁に穴があいていた
防いでくれとたのんだが2日かかった
白い壁にセメントでふさいだけだった
かっこ悪いよ文句いったら、壁全面塗りかえた

湿気

3日でスーツやズボンにカビ
掃除・洗濯つきのアパートだったが、洗濯物が
生渇きしまわれるのでカビがよくはえた
2週間しまっておいた靴、はいたらそこが抜けた

部屋の停電

漏電でしてよくブレーカーが落ちる、2回工事しても
だめ。3回目で治った。
どうしたんだろうと分電盤をみたら
私の部屋の配線の一部が隣の部屋の配線
されていた。お隣さんの電気代どうなる

病院

健康診断がめちゃくちゃいいかげんだった
聴力検査が耳のよこで指をならしてOKだったなど
逆にレントゲンにこわさを感じた

仕事で接待で営業さんと同席。営業さんが
翌日アメーバ-赤痢と診断される。私も一応
病院でみておけといわれてクリニックに
いったが、なってから来いといわれる
ネットでみるとアメーバ赤痢は潜伏期間が
2日-3日とある。あれ矛盾


タクシーと免許


タクシドライバー道知らないのはよくいる
英語はほぼつうじない
休日だけ自家用車にインチキタクシーの
看板とメータつけて値段をぼるタクシー
がいる。ボッタクシーといわれていた

バイクに乗っているアメリカ人の友達に
どうやって免許取ったと質問したら、
回答は、良い質問だね、私もそれを知りたいんだ

保険には大抵はいっていない、はいっていたとしても

保険金で一番高いのが牛、次外人その次ベトナム人の順番だそうです

怪しい人たち

いきなり夜はなしかけてくる中東風の
二人組。大きなお札みせろといわれる
あやしいからないと答える。円をみせろといわれるので
断る。逆切れされた。あとで大使館から詐欺グループだと
警告がでていた。

長髪の女性がおおい、誘拐して髪の毛をきっていく強盗団がでた


KimaStのカラオケ屋お姉ちゃんは
店の前で日本人を見かけると
「こんばんは」と声をかけてくる
朝よくいくばいんみー屋のおばさんは
朝からこんばんわーと声をかけてくれる

道にいる警官はわいろがとりが主な仕事といわれ
赤信号無視したくらいでは何もいわれない。
運が悪いと難癖つけてくるが
日本語でわめくと許してくれるらしい。

「スメック」カタカナ表記の店があった。



KimaStのカラオケ屋で夜店の前でお姉さんが立っていて
店の前で日本人を見かけると「こんばんは」と声をかけてくる。
カラオケ屋は日本でいうとキャバクラに相当するらしい。
行ったことないからわからない(かなり高い!)
→知り合いのおじさんは個人PCの壁紙をカラオケ屋のお姉さんとの
 ツーショットにしていた。運悪くそのPCを若いお姉さんが使うことになった
 そのことに気が付いたおじさんはPCを奪い取ろうと必死になっていた。
 面白い争奪戦だったのでいまだに覚えている。

→よくいくバインミー屋のおばさんが、それを知っているのか
朝から”こんばんわ”と声をかけてくる
それ以外だとなぜか”味の素”と声がかけられる


料理




結構薄味だが、Localといくと
いろんなうまい料理にであえた。
鍋:豊富。わさび醤油につけてたべるのが流行だったが
1回でチューブ1本くらい消費
麺:ライスペーパーとか葉っぱにくるんでたべる(写真は私が一番たべたBunChaです)
犬:あと、犬をたべる北だけ
イカ:イカはたべるがタコは食べないらしい。スルメとして日本に輸出している。

Sunday, November 27, 2022

REDOWLでお買い物-15-地震の事


東日本大震災

早期退職に応募してN社へ

なんとなく、海外で働きたいなあという思いが昔からあってIBMの1年間アサインとか応募したかったが部門がなくなったのでそれも無理となりぼんやり仕事をこなしていました。

世界の経済はリーマンショックの前触れがおきてなんか怪しい雰囲気がおしよせてきた頃

急に上司に呼び出され個別の打ち合わせがしたいといわれた。最初周囲になんか上司によびだされたというと次の部長じゃないかといわれちょっと有頂天だったが、主旨は早期退職パッケージが今度施行される年齢的にも該当するのでどうかといわれた。

計算するとマンションローンの返済と次女の学費も賄えてかつ貯金もできるので、応募することにする。とわいっても当面は働かないといけないので海外就労を見据えて活動を開始。しかしその時はリーマンショック後でなかなか厳しい状況だった。面接すらすすめない状況が2か月くらいつづいた。
同僚が口ききで老舗のN社に就職できて働きはじめました。
ここでの最初の仕事が大きな案件の売り込みで張り切って始めたんですが、
うまくいきかけると私の足をさりげなく引っ張る営業さんやらSEがいてあれあれとなり、
これは気を許せない会社だと察知して”長くはいられない”と感じました

仕事自体は目立とうとしなければ、自由にで好きな事ができた環境でいろんな機器を触って検証ができて技術的には楽しく働かせいていただていました。

大地震発生、そして被災地へ


2011年3月11日大地震が発生し、東北地域が津波の被害にそして福島では福島第一原発でのメルトダウンによる大きな被害が発生しました。被害地域が広すぎて行政も手が回らない状態がつづいていました。

勤めていた会社で東北支店(仙台)の社員に救援物資を届けようということになりメンバー募集がはじまったんですが、原発事故の関係で東北自動車は全面通行禁止で原発から半径50Kmから離れろと避難命令がでていた状況で応募がなくて裏でメンバー探しがはじまりました。

救援部隊のリーダが私の事を思い出してくれて、私の携帯に行きませんかと勧誘の電話をいただきはい、と軽く引き受けてその日はそのまま支度(寝袋、軍手、靴の中敷き、薬類)にすることになり翌日出社。

支援物資(ガソリンや携帯の電池など)車に詰め込んで総勢3名で仙台にむけて出発。
福島は危ないという予測をたてて新潟にでて山形経由で仙台に向かうことになりました。



荷物満載ですこしガソリンのにおいがきつい車で大雪の日本海地方をドライブをして、やばい事故りそうとひやひやしながら山形県天童市に到着。ここをベースにして翌々日仙台に支援物資第一弾をとどけました。

第2陣の支援物資が東京をでて先に仙台にとどけるという間抜けな展開になりましたが、ちょっとづつ支援が始まっていきました。

この物資を届けるときにもいろいろなストーリがあって他人のために動く意志を持った人、自分の事しか考えない人、とにかく頭がおかしい人いろいろな人間模様が展開されていきました。悲劇もいっぱい、心がほっこりする話もいっぱいなにもかもいろんな事が起きすぎた時間でした。ただ人助けにいきたいと純粋に支援する人達が大勢いたことには今でも感激を覚えています。

被災地にて

地震発生後1週間が経過した仙台の海沿いの地域でとった写真です。海岸線から2,3Km奥の地域かと思いますが津波で車がながされていました。この時点は車になかに遺体があるかは確認できておらず手つかずの状態でした。

仙台支店に大変知恵があって行動力を備えたリーダいて、非常に効率的に支援物資をふりわけ休日はボランティアでガラクタを片付けにいくという時期を半年くらいつづけたそうです。半面、営業所長は映画にでてきそうな自分勝手な方でした。東京くる支援物資に刺身つけてくれとか、高級ハムが欲しいとか、支援物資をこっそり抜き取って家に持ってかえろうとしたりなどなど最後は笑いにネタになっていました。

他人のために動く人たち

原発のため各IT会社のエンジニアは自宅待機を命じられうごけない状況で、福島にいたエンジニアは福島から避難を命じられていました。福島の病院で新規病棟工事の関連の仕事をしていたエンジニアと協力会社の人は急遽新潟に避難していました。被害が想像以上に甚大病室不足が目にみえていたのでその病院関係者から新規病棟を開けて病人受け入れたいのでなんとかならないかという切羽詰まった依頼があったそうです。
会社の命令は福島県外で待機だったんですが、エンジニアは会社には「道具類を病院に忘れてきたので病院に取りに帰ります」というすごい理由で福島にもどり病院で作業したそうです。自分の判断で動けるのに感服!

次に宮城県での話です、ある市役所の建屋が津波の被害でサーバ類が流されてしまい住民台帳DBが使えず結果安否確認ができない状態になっていました。別の建屋のサーバがつかえそうなか現地調査の依頼がありました、しかし、派遣されてきたたエンジニアや関連する業者さんは現地調査以上の働きをみせたそうです。みんなフル装備で現場にいって建屋の床に泥を除去し電気工事、サーバーの起動やDBの起動まで1日でやり切りお客様に引き渡したそうです。費用は現地調査分だけです。こういう人のために働ける名もない人たちに感動です。

これは大した話ではないですが、
津波の被害地域を車で通っていた際、歩いて移動している若い男性をみかけて送ってきますよ声をかけました。
当時はガソリンが入手できず(半日まって10リットル支給)おそらく車がつかえない人だろうと想像。予想どうりとなりの町にすんでいるおばあさんと連絡がつかないので、
様子を見に行くところで車がつかえないので歩いていくところでしたとの事。
隣の町までついたらここからは歩いていきますというのでおろして見送る。
まだ1時間くらいあるくんだろうけど、
人の世話には極力ならず遠慮するところになんかジーンとしました。

N社の頭のいい人が緊急車両の認定をもらってシールを車につけていたので、高速のSAで給油を受けられるという特典があったので私たちの車はガソリンについて余裕があったという事も追記させてもらいます。

2011年5月福島県郡山市にて

5月になっても原発事故で大量に避難された人があふれていました。
しかしボランティアの大半は福島は通過して宮城・岩手に向かう人が多かったと
記憶しています。やっぱり見えない放射能はこわいですよね。。。
なんか福島でなんかヘルプできないかと思っていたら、
運よく郡山市でIT系のボランティア募集があるのを知り、3泊4日で郡山にいってきました。
郡山市の県の施設には、原発のために3000人ほどの方が避難されていました。
普段は展示会やコンサートに利用されるホール会場がすべてが避難所になっていて
許可された人だけが入室だける独特な雰囲気がありました。
そこに以下のいろんな立場の人が登場してきてただ話だけが流れていったかなあというの
記憶でした。何もできなかったというのが正直な感想です。
  • 避難してきた人
  • ボランティアに来た外人
  • 地元のボランティアスタッフ
  • 県庁・市役所の人
  • 警察・自衛隊の人

避難所にあった支援物資のストック


ボランティアにはイタイ団体・人がいた

行政はその時期ボランティアは整理できないのでお断り状態でしたが、
私が参加した海外のボランティア団体には許可なぜかがありました。
後で聞くと外人が押しかけてきて行政がただ断りずらかったようで、
それを政府公認と盛っていたのが実情でした。

その団体は実態以上に話を盛ったせいでいろんなところが支援(人材・お金・物資)
が集まりすぎて結局回らず、最終的にはその団体のリーダが自分の首をしめる結果に
なったそうです。
それ以外にも
避難所の内部やボランティア同士の写真ばかりとっている人、
原発避難地域にて無人の家に無断で入り写真をとってSNSにアップしている人
自分がしたい仕事ないといって何もしないで現地にいるだけの人
現地のニーズをまったく顧みず自分の団体・会社のサービス・機器を押し付ける方々

何しに来たのと首をかしげたくなった。








Thursday, May 05, 2022

REDOWLでお買い物-14 2度目のさよなら

2度目のさよなら

引っ越しが無事に終えた後、経営陣の無策な無駄使いと人望のなさに悲観して再度CRAYをやめて別の会社に行くことにしました。その際奥さんにちょっと相談したら、「今度は買収される心配のない大手がいいかも、マネージャもしっかりしていると思うよ

というコメントがいただきました。今思うとこれが当たり

CRAYの友人からの誘いもあったが、あえて業界老舗のIBMの子会社ISEに就職できました。
まず、転職の選考過程がユニークでして、当時募集し
ても、どうかんがえても写真(当時はひげはNGだった)落とされる事数回。

しかし、書類選考でおとされなかった。
無事次のペーパーテスト(英語、マーク式の知能試験、など、3科目で3時間)へ
なんと土曜日の午前に応募者が呼ばれて一斉に受験。
そこでの試験官のセリフが”転職して給料があがるのが相場かもしれませんが、IBMはあがりません。評価されれば上がります。そのつもりで受験してください”でその言葉いまでも覚えています。

過去になかった選考過程

ペーパ試験が無事パスして、二次試験の面接(2回)へ 
ここは久しぶりにこの面接は緊張した。
採用通知はきたが、人事から提示された条件がユニークで
・平社員でかつ給料はCRAY時代の30%ダウン。
 マネージャ採用はないので中途採用は一律この給与でスタート
・給料あげるには、社内の各トレーニングを受講して昇進試験を
 パスしないと給料はあがらない仕組み。
と以外にそっけない条件でした。
当時トレーニングや研修に飢えていた私には魅力的に思えて、育てくれるなら将来を考えて給料減しても良いと判断して決断。


入社後の1年は新人社員と一緒に主に提案書作成の基礎を学習して最後は泊まり込みで合宿形式で終了判定という過去にはない研修を経験。

”野放し”で強制されるのがきらいな私は途中で面倒臭くなり、
やる気↓な状態に陥りました。
そのことをCRAY時代の友人にメールで愚痴ったら返事で、
”ここで引っ込んだらCRAYのエンジニアがそんなもんだと評判になる、
負けるな!”と発破かけられ気持ちを改めてチャレンジ。
新人が殆ど寝ることができないで過ごす2泊3日の最終合宿検定をパスして、
翌年の昇進試験もパスできました。
諦めていた説明能力のなさが若干改善できた事。追い詰められた時の対応法が実践形式が体験できたので私には良かったかと。

そこから前述にあった2220用務員として本格的なネットワーク屋さんへとシフトしていきました。


余談:ISE以外の就職活動ーF社の面接


CRAY時代の仲間は、社長が転職したフィルムメーカのKODAK
やら関係があったSunなどにグループで転職していきました。
親分を持たなかった私にはほぼ声がかからず。ネットワークは
柏さんと持ち上げあげられていたが上司には好かれていないと実感。
自分で転職エージェントに登録して活動始めました。
その際受けた会社の話です。

USのエンジニアのマネージャの面接から始まり、
その上司のAPACのマネージャと日本の技術マネージャの面接をパスして
最後に日本法人の社長の面接にたどりつきました
その際にはエージェントからはほぼ決まったよ、USのマネージャから
日本法人の社長にはぜひ採用しろとプッシュしているとの説明。

わーい決まった!と喜んで半休取得してうきうきで社長との最終面接に行きました。

しかし、面接には営業マネージャがでてきて"君では無理だろう"
とネガティブな発言の連発してきました。ここはやる気をテストしているかと思い、
頑張って回答して粘ってみました。
すると、根負けしたのか営業マネージャの口から
”実は、社長の希望は営業でエンジニアではない。
しかし、USからプッシュされているので社長としては断りずらい。

そこで、

貴方が辞退してくれないか”

という説明。まじですかー---!という結末で流れました。

さてその後時が過ぎて10数年後、
この営業のマネージャさんとは別の会社でまさかの再会を果たします。
ISEの後私が知り合いの紹介でネットワンに移った際
社長の顔に見覚えがあり、前歴を調べたところ営業マネージャであった

へへー今度はまんまともぐりこみましたよ、社長さん(^^)