
神学校での奉仕はつらいね
今回の宣教活動の対象は、いろいろな現地ので制約もあって、未信者に対しての伝道活動は行なえず、クリスチャン系孤児院の子供や神学校の学生を対象にしていました、活動の目的としては彼らを励ますということとセルの強化になっていました。具体的な内容としては、交わり(ゲームや賛美)、ドラマ、証という事になります。
その中で神学校の学生相手の奉仕では、対象年齢は18歳から30歳までと年齢層が高くて、 また大人しくて、もの静かな雰囲気の方が多くて、どう盛り上げていいものかどうしようかと やや手厳しいなというのが正直な感想でした。
0.2%へのコンプレックス
今回は私は、年長者と日本人最多登場とあってか、日本人チームのリーダーの1人になっていました。そのリーダーという経験をとおして、自分の消極的な部分と積極的な部分と、宣教とか伝道に ついての自分のもっていた固定化された考えがあった事に気ずかされました。
その1つはクリスチャン人口0.2%しかいないのにね、そんな国に人が励ますなんてどうなんだろうか という事と、それに、神学生は本当に敬虔で、かつ謙遜な方ばかりで、芯の強さを感じる頼もしさを 感じていました。そうこちらより、あちらの方が”レベル”高いよ、
これは本当にタフで、草野球がプロ野球と一緒にプレー状態という感じの戸惑いを覚える
ことしきりです。
心のなかでは、「うーん何で神学校なんだろう、彼らのニーズとはなんだろう、仕えたいという気持ちがあるが、需要と供給がミスマッチしていないかなあー。なんか宣教パックツアーみたいで、長期宣教師にのせられているみたいだし。」というつぶやく事もしきり。
加えて、今後の自分の宣教への関わり方について、なにか確固たる確信があたえられないなという、悩みも、その時あって、神様がよろこんでいるのか明確な自信がありませんでした。
そうしながら、2日を経過後、朝の小グループでのデボーションタイムで若い香港メンバーから 「このチームは、ちょっと静かになる時間が多すぎて、積極性がないよ!。ほかのチームはもっと積極的に動いているじゃないか」という意見をぶつけてきました。あーやっぱり、自分の消極さがここに 影響しているのかと慌ててしまいました。そこで、ふっと冷静に立ち返ってみて、自分の消極さを 悔い改める事がきました、そこで、その兄弟に対して、
「それは自分の消極的な態度が原因でもあるね、年齢もいっているし、国民性とかのギャップもあるけど、自分で境界線を超えないように意識していた。今後はもっと積極的な態度いくから許してくれるか?」と答えました。 それに対して彼が笑顔で「そうか、分かった許すよ!」といって許してくれました。どうでもいいことかと思いますが、自分の壁を少しひろげさてもらったと思います。
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